自分を病気と認めることへの疑問

 

この女性はこの記事を見るまで、過食のときは<こんなに食べれてしあわせ>と感じ、嘔吐したあとは<非常にうれしかった>という。つまりこの女性は記事を見る前は一連の行為が「たのしみ」であり「個人的な逸脱」でしかなかった。しかし雑誌の記事をみることで「一般的な逸脱者」、すなわち「摂食障害者」と自分をみなすようになっていったのである。その後、治療を受けるために専門医に通ったり、両親と自分との関係について過去にまでさかのぼって思い返してみたりしたという。

以上のことより「摂食障害」という名称は、その個人の行為や性質の逸脱性や異常性に着目した名づけであり、そのように名づけられることによって、問題の原因が摂食障害となった個人にばかり求められ、それらの個人が統制の対象とされている結果が、必然的に生み出されてきたと浅野は主張する。そしてこのような解釈のありようは、逆説的に摂食障害から抜け出すことを困難にする社会的な力として機能していると述べている。